• Posted 15.09.17

最近、組織活性化のお手伝いをしていてつくづく感じることがあります。

「皆、疲れているなー」ということです。

数字結果は求められる、人は減らされる、報告書類は増える、部下に厳しく指導するとパワハラといわれる・・・などなど。

上にも下にも犠牲者感と自己正当化が蔓延して見えます。

だからこそ、今、ODの世界でも「できていないことを追及せずに、良いところを探しあおうよ」というポジティブアプローチが流行っているようです。

だけど、このポジティブアプローチを勘違いして使っていらっしゃる場面もよく見ます。

例えば「誰かの責任問題などというのはやめて、笑顔で明るく対話しよう」という意見です。

 

私は「誰の責任か」が不明確なまま、対話だけで戦略問題が解決したり、生産効率が上がったり、部門連携が良くなったり、人が育成された会社を見たことがありません。

良くなる会社は、必ず「誰か」が、たった一人でもオーナーシップを持って立ち上がり、責任を持って問題を究明し、周囲を巻き込み解決行動をしています。

 

「そんなことやったらギャップアプローチになって、また会社が暗くなっちゃう」というご意見もあるでしょう。

確かに「問題の原因究明」においては、個人や一部署といった「部分」に責を帰するべきではないと思います。

それこそシステム思考として、相互の関係性や過去からの規範など、ヒューマンプロセス全体の問題を問うていかなければ、単なるモグラ叩きゲームになり、本質的な問題にたどり着きません。

 

しかし「問題解決行動」の場面においては「皆でやりましょう」や「各々が意識して」では、本気の実行にはなりません。

必ず、誰がやるかの「主語」を求めねばならないのです。

 

日本人は、本来主語を求めることに躊躇のある民族に思えます。

日本語の文法も、主語がなくても通じることが多いですものね。

テレビでの不祥事会見を見てていても、「で、それは一体誰が責任をとって解決していくの?」が最後までわからないことがあります。

 

コンサルテーションの場面でも主語を求めると、急に口ごもったり、暗くなりがちです。

だけど、組織を変革し、本当に問題解決をしようと思ったときは、何より「誰の責任において行うか」を明確にすることが大切です。そして同時に、その「責任を持たせた誰か」を組織(チーム)として一人ぼっちで戦わせない、ということが大事なのです。

これこそが私は、本当の意味での「ポジティブアプローチ」だと思っています。

 

勇気を持って「主語」を置こう!!!

 

平尾貴治