• Posted 12.06.14

ここのところ、経営にとってもマネジメントにとっても又コミュニケーションを取って行く上でも、自分の観方に自信を持っていて疑わない人に、苦労している人が多い。自信を持った方が良いに決まっている、ということが、普通の常識かも知れない。自信の持っている人の観方がその状況の本質を捉えているときは強い。強烈な説得力を持って相手の心に響く。しかし自分の観方に疑いを持たなくなったときに問題が起る。

状況の本質を自分は捉えていないことを知ることの方がより価値があるのではないかと、思うような体験がここのところ続いている。ある場面で、本当は何が起っていたのか、腑に落ちない事があった。それで終わらしても問題は無かったのだが、、その時その場にいた人に、何人もの人に直接出向いて会い、結果的に何日もかけて会ったときに、自分が見えていなかったことに気付いた。その時に思った。「腑に落ちない」その事を探求し続けて良かったと心から思った。「腑に落ちない」という感触、そしてそれは何かを知りたいという探究心が大事なのでは無いか。

自信の無い人は男らしくない、ウジウジしている。そんな思い込み込みにとらわれていないだろうか。そんな枠組みに支配されている人は、自分の「腑に落ちない」という感覚を何処かで切り捨てる。そしてそれがいつの間にか習慣になって感受性自体が消えていってしまう。

自分の観方に自信があることより、「腑に落ちない」事に対する対するブレない探究心こそ大切なのではないか。ここのところ、そんな事を思っている。

大島 岳