• Posted 13.06.03
私はかつて正義の味方になりたいと思っていました。
幼い頃は、紙で作った仮面ライダーのお面を被って崖から飛び降りて足を挫いたりしてました(笑)。
もう少し大きくなって格闘技を習い始めたのも、自分なりの正義が暴力で曲げられないようにするためでした。
自分の信じる正義が正しく、そうでない「悪」と戦おうと思ってました。

でも、今コンサルテーションの現場で日々感じることは、組織の中で正義や正論に固執することの危うさです。
営業部には営業部の、製造部には製造部の、正義・正論があります。
経営者には経営者の、現場には現場の、正義・正論があります。
問題は、それぞれがそれぞれの立場での正義・正論を絶対的なものと見てしまうことです。
特に真面目で責任感が強く、純粋な方に、それが多いように感じます。
そして、「何故、当たり前の正論が通らないのだ?だからうちの会社(上司)(部下)はダメなのだ!!」
と怒ったり、時には突っ込んで玉砕してしまいます。

かつて、ある方に言われた言葉があります。

「正論や事実は結論ではない。単なるスタートにすぎない」 

正義や正論は本人にとっての大切な価値観です。
だからこそ私達は、正論を結論にして行動したくなります。
でも価値観とは、別の人から見れば単なる「偏見」の場合もあります。
あるいは、本当に正義・正論だったとしても、それは、本当に「今」通すべきものでしょうか。
まず、自分の正論・正義を一度疑ってみましょう。
そして、それでもやっぱり今通すべき考えであるという結論が出たら、次はそれを通すための戦略・戦術を駆使しましょう。
それはズルいことでも姑息なことでもありません。

三国志の韓信だって、大義を通すために、山賊の股の下を潜ったのですから。

平尾貴治