ロンドンオリンピック~大和撫子の活躍~

今年の夏を熱く盛り上げてくれたロンドンオリンピックも閉幕。
暑さや寝不足と戦いながら、選手たちの頑張りに胸を熱くした方も多かったのではないでしょうか?
かくいう私もその一人。
過去に仕事でスポーツ取材や、チアリーダーチームのコーチ業を経験してきたこともあり、特に選手の育成や大舞台でのメンタルコントロールに注目して観戦していました。

 

日本の金メダル第1号となった柔道の松本選手に始まり、レスリング、サッカー、バレー、卓球、水泳、バドミントン、アーチェリー・・・
連日多くのメディアでも取り上げられていたように、私も今大会は日本女子選手の活躍が大変印象に残りました。

 

大会後も「日本人女性が躍進した裏に何があるのか!?」というテーマで、選手育成やチームマネジメントの方法が取り上げられていますね。
女子サッカー・なでしこジャパンは、選手個々の長所を生かし、自信を持たせる。そして現場に権限移譲し自主的な判断を促すマネジメント。
女子バレー・真鍋ジャパンは、データ分析で自身の強み・弱みを客観的に把握させ、コーチ分業制で細やかな指導を行う。そして選手たちの意見を良く聞く「風通しの良さ」もポイント。。。
確かに一つ一つの方法には意味があり、私自身もコーチ業の中で失敗もしながら学んできたことばかりです。
私自身が感じている躍進の一番のポイントは、「女子選手たちに『期待』を明確に伝え、『自分(たち)で考える』ことを本気で任せているか」。
つまり、一個人・一アスリートとしての存在を承認しているか?これに尽きると思います。

 

日本人女性の持つ特性が、ここ数年で急激に変わったわけではないでしょう。
スポーツ界では、最近でこそ選手の自主性を引き出すコーチングも取り入れられていますが、競技によっては未だ指導者が絶対的権限を持つ世界もあると聞きます。
そんななか、選手たちは「期待されていることへの喜び」や「自分で考え、決断することの重みとやりがい」を感じ、競技へのモチベーションを維持することができた。
そこに、女性ならではの「共感力(自分以外の他者の思いに共感し、それを自分の力に転換していく能力)」が拍車をかけ、逆境をはねのける精神力や強いチームワークで私たちを感動させてくれるプレーが生まれたのではないか?と思うのです。
多くの女子選手たちが競技後のインタビューで、「支えてくれた周囲への感謝の気持ち」「共に戦った仲間との絆の強さ」を口にしていたのは、皆さんも記憶に新しいのではないでしょうか。

 

ビジネスの世界を見ても、日本では一般企業における女性管理職はわずか8.7%(2011年度雇用均等基本調査)。まだまだ男性に比べ、女性が「社会を動かすようなインパクトを世の中に与える」機会や「決断を自分に委ねられる」機会は少ないのが実情です。
逆に言えば、ロンドンオリンピックで輝いた大和撫子たちのように、女性の力を存分に引き出し今まで以上の成果を出せる可能性が、まだ日本企業には秘められているということです。

 

少子高齢化が進み、日本の労働力人口は減少する一方です。
将来を見据え、人的リソースである「女性社員」活用に今から真剣に取り組めるかどうかは、組織が生き残るポイントの一つになるではないか…。
オリンピックでの大和撫子たちの活躍に、私自身が大きな力をもらった夏となりました。

 

Sotoyama

若手社員の力を活かすには

このところ、新入社員や就職を控えた学生との出会いや、同じ組織の中で「育成される側」「する側」両方の方たちとお会いする機会があり、『若手社員が主体性を持って働くにはどうしたらよいか?』を考えさせられます。

言われたことしかやらない・・・など、いわゆる『ゆとり世代』と呼ばれている若者とのコミュニケーションに、上司や先輩の皆さんが頭を悩ませているという話は良く聞きます。

私自身も若い世代と直接コミュニケーションをとっていて、ジェネレーションギャップを感じるのは確かです。

私の学生時代と比べると、皆さんはるかに勉強されているし、真面目な方が多い。

同年代の仲間と共同作業をさせれば、上手にまとめてプレゼンテーションもできる。

「素晴らしいなぁ」と感心する一方で、違和感を感じるのは「失敗を極端に恐れる姿勢」。

 

先日お会いした、若手社員の教育担当者がおっしゃっていた言葉が頭に残っています。

「自分たちが新人の頃は“失敗するのが当たり前”と思っていたが、いまの若手は“最初から失敗してはいけない”と思っている」

なるほど・・・確かに。

失敗しても思い切りやれる環境があったから、チャレンジを繰り返して成長ができる。

思い返せば、私自身の人生も失敗だらけです。

でも思い切りチャレンジすることを周囲の人たち(職場も友人も、もちろん家族も)が見守ってくれたからこそ、貴重な経験を積み重ね、自覚していなかった自分の力に気づき、エネルギーも沸いてきたのだと改めて気づきました。

 

若者が失敗を恐れずチャレンジしていくには、親と子の関わり方や教育の在り方も、考えてなくてはいけない問題だと感じます。

どこから手をつけて良いか気が遠くなるような話ではありますが、それこそ「チャレンジしないと何も始まらない」。

いまの自分ができることは、若手社員の方たちはもちろんですが、人材を育成する側の方たちも“失敗を恐れずチャレンジできる(リスクテイクできる)場”を少しでも作っていくことなのではないか・・・。

そんな事を考える今日この頃です。

 

Sotoyama

なでしこJAPANのマネジメント

暑い季節を更に暑くするがごとく、オリンピックの熱戦が続いている。
先日、なでしこジャパンの練習風景をテレビで行っていた。
グランドでの激しい練習は当然のこととして、ユニークだったのは、佐々木監督が選手同士のミーティングを非常に重視していたことだ。
これは、前に雑誌に載っていた佐々木監督のインタビュー記事でも読んだことがある。
かつて、スポーツの世界ではコーチや監督が絶対であり、選手に対して厳しく自分の考えを教えることが一般的だった。
しかし、試合前も、試合後も、佐々木監督は自分の考えを選手に「教える」ことを極力控えるようにしているように見えた。
代わりにやっているのは、話し合うためのベストな材料と場を与えることだった。

例えば、強豪との試合前に相手チームのVTRを見させて、まずチーム全体で全体戦略を考えさせて、次にポジション毎に詳細戦術を検討させ、更にそれを統合させていた。
あるいは、試合後であれば、勝っても負けても、その要因を徹底的に自分達で究明させていた。
多分、佐々木監督をはじめとしてコーチの方々にも、言いたいことは一杯あるだろう。
しかし、それを我慢して、「どうしたらいいのか自分達で考えろ」と突き放す。結局、グラウンドで瞬時に決断をしながら戦うのは選手自身だからだ。
佐々木監督は、そのミーティングを「意志合わせ」と呼んでいた。

我々がコンサルテーションを行うときも、いつも心がけているのは「正解を教える人」ではなく「本気の刺激役」であることだ。
時には、メンバーが「じらさないで答えを教えてください」と言ってくることもある。
もちろんこちらにも仮説はあり、場合によっては、メンバーの「主観」とこちらの「主観」をぶつけることもある。
しかし、それはあくまでも「主観」にすぎず、「客観的な正解です」と押し付けるようなものではないのだ。
なにより、メンバーが自分達で決断したものでなければ、変化する環境下で本気でやり抜くことは難しい。
佐々木監督の姿勢は、我々コンサルタントに限らず、組織の中でマネジメントを行う全ての上長に当てはまることに思えた。
よく「うちの部下は考えることができないから俺が教えてやる必要がある」という管理職の方にお会いすることがあるが、「上司が教えてやっている」から「考えることができない部下」が生まれているともいえるだろう。
そのテレビ番組で佐々木監督がこんなことを言っていた。
「あいつらは強くなった。だって、自分達で考え・自分達で決めて・自分達で実行できるんだから」
マネジメントの王道だと感じた。

 

平尾貴治

給料が上がればモチベーションって上がるの?

私達のやっている組織開発コンサルテーションは、一言で言うと「どうやって戦略をやり切る組織を創るか」という挑戦である。したがって、戦略の再構築、人事システムの変革、個人の意識・行動スキルアップなど、様々な角度からアプローチを行う。

そんな中、必ず出てくるのは「従業員のモチベーション」という当り前だが根深い問題である。
経営幹部の方には、「うちは給与や賞与を上げたので、モチベーションも上がるはずだ」とか「業績悪化に伴い賞与を減額したのだから危機感を持つはずだ」という「金銭的動機」の効果性を力説する方も多い。

 

少々前の話になるが、TEDというアメリカのプレゼンテーションイベントの中で、ニューヨーク大学教授のクレイシャーキー氏が、次のよう実験結果を紹介していた。

イスラエルの複数の保育園で、お迎えの時間を守らない父兄が多いために、「お迎えの遅刻については、10分以上遅れたら10シェケルの罰金」という規則を創り、その成果測定の実験を行った。

その結果どうなったか?
それまでは、平均一保育園あたり週に6-10人が遅刻していたのが、一気に3倍の遅刻者数に「増加」してしまったというのだ。
更に驚いたことに、12週間後に罰金制度を修了した後も、増えた遅刻者数は元に戻らなかったそうだ。
この実験の結果から、クレイシャーキー氏は次のように仮説を立てた。
「金銭的動機と内因性動機は相性が悪い。そして、一度不一致が生じると修復に時間がかかる。」

 

「戦略をやり切る組織」の大前提は、組織の内因性動機に火をつけることである。そしてそれを継続的に行おうとするには、心理学教授のハーツバーグ氏が述べた通り、仕事をすることによる自己実現の達成感や自他承認などを向上させることである。給与などの金銭的動機ももちろん大切だが、それはあくまでも一時的な衛生要因にすぎないのである。

だからこそ、我々のコンサルテーションにおいては、戦略遂行上の具体的なタスクやシステムをメンバーと一緒に考えながらも、同時に、「戦略の自分にとっての意味」や「戦略をやり切ることで自分自身は何者になりたいのか」を問い続けている。

 

その両面が一致した時に初めて戦略が社員のものになり、その瞬間こそが我々の達成感である。

 

平尾貴治

エグゼクティブ

ここのところ、現場で働く社員一人ひとりに「主体性」や「当事者意識」を持って行動していただくためのコンサルテーションが続いています。
その中で、「組織で働く誰もが『エグゼクティブ』になり得る」ということを痛感させられました。

 

『エグゼクティブ』と聞くと、幹部・役員・管理職を連想する方も多いでしょう。
しかし、ドラッカーは「経営者の条件」の中でエグゼクティブについて、「組織の能力に実質的な影響を及ぼすために、意志決定をする」「自らの貢献について責任を負う」人であると記述しています。
つまり、経営管理者だけでなく、専門家として組織に独自の貢献をする人であれば、エグゼクティブになり得るということを言っているのです。

 

この数週間は、経営管理者以外の方にお会いする機会が多くありました。
例えば、もの作りの生産現場で汗を流す職人さんや、社員の生活をサポートする専門家、まだ経験は浅いけれど高い問題意識を持っている若手社員など。
そういった方々が、プログラムを通して開花され、『この方はエグゼクティブだな』と感じる瞬間が何度もありました。
プログラムに関わる私にとっても、大変嬉しい瞬間です。

 

改めて、管理職が何人いるか…ではなく、組織が成長していくには『エグゼクティブ』と呼べる人が何人いるかが大切なのではないか、そのために我々ODコンサルタントの出来ることはまだまだあるはずだ、と感じています。

 

Sotoyama

アージリスからの学び(3) 「軌範」

アージリスは「軌範とは、体制への参加者の間で行なわれる相互左様で、体制を維持していくうえにおいて(参加者たちに)有益なのがわかっている相互作用から生まれてきたものと考えてよかろう」とする。(中略)ここで重要なことは、「軌範は、(個々人にとってその社会的能力(コンピテンス)を、伸ばすようにも、矯めるようにも働く」ものであるということである。(組織政策論:p14-15)

組織の中にある習慣は、その組織の中にいる人にとっては有益だと思われている。
ところが、その大切にされている習慣は、組織の一歩外にでると全く存在する理由が分からないものだったりする。

軌範の説明の段ではこの習慣が産まれる過程を、車道の轍に例えている。
最初は道なき所に、車が多く通る事で道が産まれ、その内その道が車の行く先を強制する。

一度できた規範を変える事が大変な事は常々感じているが、その産まれる過程をとらえ「軌範」という字をあてられている事が面白く感じられた。

兒玉

アージリスからの学び(2) 「心理的エネルギー」

OD(組織開発)の歴史を紐解いていく、という目的のもと、『組織政策論 アージリス研究』(大友 立也 著)を読むことにした。
まだ読み始めたばかりだが、組織について過去にどのような研究や実践がなされてきたかを知るのは、自分の知的好奇心を満たしてくれるだけでなく、いまの自分が立っている『世の中』を理解し、未来を作っていくうえでも大切なことなのだと感じている。

第一章で私の胸に突き刺さったのは、「アージリスが、基本的にもつ思想は、心理的エネルギーが最大量に注ぎ込める組織である。」という一節であった。
この思想がどれだけ実現しているか、それを測る規準として、アージリスは「混合(ミックス)モデル」なるものを創設したというのだ。
心理的エネルギーが最大量に注ぎ込める、というのは簡単だが、ふと現実の世界に目を向けると、組織…それも「会社」でそれを実現するのはなかなか難しい。
そんな空気を肌で感じているのか、この春に出会った大学生や新社会人からは、会社で働くということに対しての希望より、不安や諦めの声を聴くことが多かった。

人間のエネルギーを次元に、経営や組織の効率をみようとしたアージリス。
右肩上がりの時代を知らず、物心ついた頃から社会に混沌とした空気が流れていた若い世代にも、イキイキと働いてもらいたい!と思っている私にとって、「心理的エネルギー」を軸にしたアージリスの研究は非常に興味深い。
やることの多さに追われる毎日だが、この先を読み進めることには「心理的エネルギー」を投入してみたいと思っている。

 
Sotoyama

アージリスからの学び(1) 「権限貢献説」

弊社では「組織開発(OD)の古典を勉強しよう」という趣旨で定期的な読書会をスタートさせました。

先日、第一回目を行ったのですが、テーマは大友立也氏の「アージリス研究2:組織政策論」の第一章の読み合わせでした。

クリス・アージリスは、ハーバード大学の教育・組織行動額の教授で、昨年の震災の想定外問題で再び注目を受けた「ダブル・ループ学習」の提唱者としても有名です。
さて、今回第一章の中で、私が特に「ハマった」のは、アージリスの「権限貢献説」の話でした。
これは、それまでの「権限機能説(=組織の各部分は自分を維持すると同時に自分の機能を果たすのに必要なだけの他への影響力を持っている)」というより発展させたもので、次の2つの特徴があります。
①仲間も自分も上位の体制に貢献する
②①があるから仲間も自分も助け合う関係になりうる

なぜ、これがハマったかというと、実際にお手伝いしてきた複数の会社を振返ると、「権限」の問題がキーになっていることが多かったらからです。
大きな経営課題である次世代リーダー育成を行う際に、組織そのもの目的・目標を明確にして、そこに対する各人が貢献できるための「権限」を明確にしていくことで、驚くほどの変化と成長が見られたのです。

ここでのポイントは、「リーダーは自部門や部下に対して何をすべきか」ではなく「上位概念(組織の目的)に向けてどのように貢献する権限があるか」を問うたことです。

そして、「責任」ではなく「権限」を考えたことです。
責任は、どこか「上から与えられるもの」という感覚に陥りがちです。しかし一方で、権限は「自分が主体となって行使できるもの」だからです。
こんなことを改めて考えさせてくれるとは、やはり古典の力はすごい!と思う今日この頃です。
平尾

ダイアログ・イン・ザ・ダーク

先日、ダイアログ・イン・ザ・ダークを初めて体験いたしました。

ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケ氏の発案されたもので、「完全な暗闇」の中でチームで行動するプログラムです。

単にアドベンチャーとしても優れていますし、チームビルディングや自分の在り方など内省することもできる素晴らしいものでした。

 

実は今回は、弊社のファシリテートする2日間のプログラムとのコラボレートで実施をいたしました。

組織の価値観を揃えていく話合いをした後に、ダイアログ・イン・ザ・ダークを実施し、

翌日に改めて組織の価値観や自分とチームとの関わりなどを話し合うというのが全体のスケジュールでした。

参加者からは、

「暗闇の中では黙った瞬間にその人の存在はないことと同じになる。

日常の討議の中でも自分の主観を述べないということは、そこに存在しないのと同じではないか?

あるいは、チームとして発言のない人を積み残して前に進んだ時、その人の存在を認めていないのと同じことをしているということだ。

我々は暗闇に仲間を置いてきぼりにしているのではないだろうか。」

といった非常に深い気付きがありました。

 

私自身にとって最も強烈だったのは、ダイアログ・イン・ザ・ダーク終了時に闇の世界から日常に戻る時に「寂しさ」を強く感じたことです。

手をつなぎ、声を掛け合い、相互援助し合った闇の世界の方が、実は「温かく濃い」関係性が存在していた。

改めて、我々には見ているつもりで見ていないことが非常に多いのではないか、を考えさせられました。

 

今後も機会があれば、私達の「組織と個人のスタンスを明確化する」プログラムとダイアログ・イン・ザ・ダークのコラボレートは実施してまいりたいと思います。

興味のある方は是非ご連絡ください。

 

平尾貴治

薄れていく記憶

先週、高知でソメイヨシノの開花宣言が出され、いよいよ本格的な春の足音が聞こえてきました。
この季節は、卒業・入学・就職など、人生の様々な節目の季節でもありますね。

 

私事ですが少し前に引っ越しをしました。
荷物の整理をしていたら、押入れの奥にしまいこんでいた昔の日記を発見・・・!
そこには、大学を卒業して最初に入った会社での悪戦苦闘の日々が綴られていました。
「これを読み始めてしまったら、荷造り作業が進まないぞ」とわかってはいるものの、半分怖いものみたさで読み進めると、悩み・葛藤しながら過ごしていた自分の会社員生活が鮮明に蘇ってきました。

 

希望を持って入社したものの、バブル崩壊の影響で度重なる人員削減や組織変更、自身に課せられる期待と業務量のボリュームに押しつぶされていた毎日。

会社の向かう方向がなかなか見えず、自分の将来を悶々と考えていたことを思い出しました。
その中でも救いだったのは、仲間や尊敬出来る先輩・お客様との出会い。人間関係に支えられ、ギリギリの精神状態でも何とか仕事が出来ていたのだと思います。

 

現在、組織開発をサポートする側になり、企業の中で起きている様々な問題や現場の方の声と向き合わなければなりません。
その一つひとつの向こうに誰かの“人生”がある。

「自分の力ではどうにも出来ない」という“組織の中に漂う諦め”をほんの少しでも減らすことが出来たら、自分が組織開発に関わる意味があるのだろうと感じました。

 

桜の季節、コンサルテーションや研修で様々な方とお会いできる予定です。
「薄れていく記憶」を呼び起こし、組織の中で感じるクライアント様の“葛藤”と丁寧に向き合っていきたいと思います。

 

Sotoyama