• Posted 13.03.30

「ほとんどのクライアントが海外にも拠点を持つ以上、そこの“生”の状況を見ない限りは本当の意味でのコンサルテーションはできないよね。」
そもそも、そんな仲間の一言から、タイにおける日系企業を見に行ったのですが、日本に帰ってきてから数日たっても結構なインパクトが残っております。

 
何よりもタイ人労働者のレベルの高さに驚きました。
恥ずかしい話ですが、現場を生で見るまでは、タイに生産拠点を置くということは単にコストパフォーマンスのためだろうという認識でした。
確かにその部分はあり、人によっては1万パーツ(約3万円)の月収で、高い向上心をもって作業のルールをまじめに守りながら技術を真剣に磨いていました。
しかし、そればかりでないのです。
ある工場の通路にはタイ人チームで作成したQC活動の成果が張ってあり、日本人の力を借りずに作り上げた納期管理ソフトが秒単位で、工程の進捗状況を伝えていました。
日系企業で働くための学校では、プライバシーもない大部屋で寮生活を送りながら、日本語や溶接の技術とともに5Sや効率化を学んでいました。
そこの学校で一番驚いたのは、我々とすれ違うときに、その場で一瞬とまり満面の笑顔で「こんにちは!」と大きな声で挨拶して通り過ぎる、という多くの日本人ができなくなっている正しい挨拶の姿でした。
つまり、彼らは作業技術も高く、マネジメントやカイゼン運動も自ら行い、さらに礼儀作法まで身につけつつ、日本人より遥かに安い賃金で頑張っているのです!

 

 

では、我々日本人は何を持って彼らに負けないことができるのでしょうか?
ひとつのヒントになったのは、タイ人労働者の多くの方は、隣に少しでも賃金の高かったり、残業が多かったりする工場があれば、合理的に判断し、会社を変えるということです。
そこには、日本人のように「今自分が抜けたら仲間に迷惑をかける」とか「自分の製品で喜ぶお客様がいるのだから」という感覚は少なくみえる、と伺いました(もちろん例外はあるでしょう)。
ベタな言い方ですが、「顧客や仲間を思ってひとつの仕事を全うする心」はまだまだ日本人の強みとして考えてよいのではないかと思います。

※言うまでも無いことですが、どちらが良い悪いではなく、「国民性の違い」という意味で申し上げております。

 

 

もうひとつ、新たな希望として見えたのは、日本の20−30代の若いビジネスマンが、タイの地で奮闘努力する姿でした。
彼らは日本の学校を卒業した後、国内で就職せずにそのままタイにある日系企業で働いていました。日本でサラリーマンをやっていたら、係長にもならないような年齢で、クライアントの大企業担当者と渡り合いながら、言葉の違う部下へのマネジメントを必死で行っていました。
そこには、かつての日本人の持っていた「寄らば大樹の陰」的な安定志向とは真反対のリスクテイクを感じました。

 

 
さあ、多くの新入社員が社会に飛び出す季節です。

改めて、「グローバルの中でのこれからの日本人の働き方」という意味を私も考えたいと思います。
タイ人の若者やタイで働く日本人の若者の目の輝きが、今も強烈に記憶に残っています。

 

 

平尾貴治