ODNJ年次大会2018を終えて 

私が理事をしておりますNPO法人OD Network Japan(ODNJ)の年次大会が7月7日、電通ホール&電通会議室で開催されました。

今年度は「進化する組織、覚醒する個」がテーマでした。

テクノロジーが新しい組織のあり方を生み出し、ホラクラシー組織やティール型組織など非管理型の新しい組織のあり方に注目を浴びています。その中で個人のあり方やリーダーシップも革新が求められています。そのような中で面白法人カヤックがODNJエクセレントアワード組織賞大賞を受賞し、One JAPANが特別賞を受賞されたのもその流れだと思いました。受賞講演会も行われ、先進的な取組みを学ぶことが出来ました。

ゲストスピーカーには対話型組織開発の第一人者であるジャーヴァス・ブッシュ氏をお迎えし、対話型組織開発とクリアリーダーシップについて語っていただきました。

診断型組織開発と対比され対話型組織開発が説明されることが多いですが、対話型組織開発というより社会構成主義型組織開発といった方が本質を表していると感じました。

 

また私自身も大会企画として、甲南大学西川耕平教授と久々にタッグを組み、「組織開発の全体像の理解と未来~理論と実践と現状~」を担当しました。西川教授が理論担当、私が事例担当という役割でした。西川教授は日本で一番、組織開発の海外の学会やコミュニティに関わっておられ、最新動向をまじえての発表でしたので、組織開発ビギナーの方であっても興味を感じるお話しをされました。私の事例は診断型組織開発のステップに沿った内容でした。しかし診断型といってもヒヤリングでは対話をベースにしており、社会構成主義の考えに沿った対話型組織開発の事例です。西川教授のお話と共に参加者にとって今後の組織開発の実践に役立つことを願っています。

最後のクロージングでは例年以上に参加者が多く、途中で席を補充しなくてはならないほどでした。ここでの対話によって、自分が参加していないプログラムの内容の理解も進み、学びを共有できる時間となりました。

そして最後に、来年度年次大会が2019年8月24日(土)~25(日)名古屋で開催される事が発表されました。

ODNJはボランティアで成り立っている組織です。今回も多くのボランティアにお手伝いいただき組織化されて運営されたことを嬉しく思います。

written by 大島

加賀屋の強さ

先日、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で34年連続No.1に選ばれている加賀屋に、結婚35周年を祝うため、

初めて宿泊する機会に恵まれた。
100選の基準は (1)ハード (2)料理 (3)サービス (4)企画だそうだ。
今迄に色々な媒体で紹介されていたので、その大きさも知ってはいた。おもてなしのすばらしさも聞いてはいたが、それでも何がそんなに良いのかは想像するしかなかった。

 

これだけの規模の巨大旅館に、はたしてきめ細やかなサービスが出来るのだろうか。
組織開発の観点からも興味津々だ。どんなマネジメントが行われているのか。どんな教育をしているのか。どんな仕組みでやっているのだろうか。

 

しかし、当日エントランスを入った瞬間から、驚きや感動の連続だった。

 

そして初めて頂く夕食の時、食事会場入口の小上がりで見かけた、履物を整理していた年配の女性のことを

「そういえば、テレビ番組で見たことがある」とテーブルについてから思い出した。仲居さんに尋ねてみると、その女性はコンシェルジュをされているのだそうだ。

 

夕食後、仲居さんに尋ねたこともあってか、そのコンシェルジュの女性が部屋にご挨拶に来てくれた。
その時に色々な話をした中で、
「加賀屋の成功の本質は何ですか?」と何とも抽象的な質問を投げかけた。
彼女からは
「経営者を愛することです」と強烈な言葉が返ってきた。
経営者が「社員のことを愛することが成功の本質です。」と言うのは、経営者には当たり前だったり義務にさえ思う人もいたりする。
先代の伝説の女将と言われた人との出会いもあったのだろう。それにしても、何で彼女はそう思えるのだろうか。

 

あとで調べて分かったことだが、彼女は数年前真冬の零下2度の寒さの中で、海に人が落ちたのを、他の30代の男性社員2人と一緒に海に飛び込み、助けていたそうだ。
彼女にとって、お客様をおもてなすとは命がけなんだ。

 

こんなオーナーシップを持った人が支えているんだと知ったとき、加賀屋の強さを知った気がした。

 

大島 岳

いつの間にか進むイノベーション

自宅のリフォームが佳境に入っている。
昨日から一番難所と言われた工程の書斎に入ってる。
とにかく本が多くて大変だ。

 

50代後半の2人の職人さんが入っているがとても楽しそうに仕事をする。
仕事をしながらジョークを投掛けないながら、朗らかに仕事をこなしていく。

 

仕事の最後に「リフォームって新築に比べると大変ですよね?」と話しかけた。

 

「新築はかたづけなくても良いし照明もないしね」
「新築とリフォームとどちらが好きなんですか?」
「私はリフォームだね。遅くまでやらなくて良いし丁寧に仕事が出来るし」
「確かにリフォームは人が住んでいるしね。新築は納期があるので23時ぐらいまでやってますよね。」
「若い人は新築が好きだね。新築は進んでいく早さが実感できるから。リフォームは段取りが見えていないと進んでいないように見えるからね」

 

この言葉にハッとした。

 

全体観が見えていないと進捗が見えない。若いときには目の前の進捗に目を奪われがち。
組織のリフォームやリノベーションと同じだと深く頷いた。

 

大島 岳

その季節、その場所でしか味わえない「おもてなし」

あるサービス業界の役員との話題で、サービス業のグローバル化が話題になった。

 

「ホスピタリティと日本のおもてなしは違うか」
「はたしてその季節、その場所でしか味わえない日本のおもてなしは輸出で出来るか」

 

その時には日本のおもてなしは日本の四季と密接関連していて「もののあわれ」と一体になっているので難しいのではないか、そんな話になったと思う。

 

そんなことを彷彿とさせる出来事に遭った。

 

先日、山の中の小さな一軒旅館に泊った。
山の奥深く朝夕は氷点下まで気温が下がっていた。

 

夕方食事処に行って部屋に戻ってくるといつものように布団が敷かれていた。
テレビもないので食後早々に布団に入ろうとすると、
「んっ!」足先が暖かい。
ふとんを開けてみるとアンカが入っていた。
電気アンカではない。
豆炭のアンカ。
何年ぶりだろう。懐かしい気分になっていく。
まだ里は紅葉の季節だが、ここはもう一足早く冬だったことを感じる。

 

毎日出張の連続で季節の移ろいも感じ取れない毎日だった。
でも自分の中の人間性を思い起こしたような気分になった。

 

この季節、そしてこの場所でしか味わえない。
また違う季節に訪れてみたいと思う。

 

そう、こんな組織開発を目指したい。

 

大島岳

ダイバーシティーマネジメント

国籍も年齢も違う2者が共同事業を進めていた。2人の事業に対する情熱は共感するもので私も応援してきた。事業に対する情熱は共通していたが、片方の外人の共同経営者は、エネルギッシュで情熱的で事業を進める上でのエンジンだった。片方の日本人は穏やかな性格で顧客の細かい要望にレベルの高いサービスで応えていた。この2人の違いが事業を良い方向にひっぱってきた。

 

しかし些細な切っ掛けから衝突が生じて、とうとう共同事業までやめると言い出した。2人の言い分をそれぞれ聞いていると、日々を回すために互いに我慢していたようだ。しかし互いに自分だけが我慢していたと思い込んでいた。

 

私は、「事業を始めた以上、途中で放り投げるのは経営者のやることではない。顧客を放り投げるのなら応援は出来ない!」と自分の立場をはっきりさせて、2人の話を整理していった。整理していくと大きく2つのポイントに分けられた。一つは衝突後に取った外人のエキセントリックな言動と二つ目はそれに至るまでの原因だ。
間に入っている私には整理できたが、2人の共同経営者はこの二つが感情と一体になってループする。このループを断ち切るにはどうしたら良いのか。

 

「私のBeingは何か」か問われる。

 

全ては私が彼ら一人ひとりから信頼されなくては始まらない。それぞれの気持ちをどこまで聴き切ることが出来るか。そんなプロセスを取りながら、2人は相手の話を聴ける状態になっていった。

 

プロセスを踏みながら分かってきたのは事業をスタートしたころ彼らは良く話し合っていた。しかしいざスタートしてみると日々の業務の多忙さの中で目の前の課題の話をしても、今どのような気持ちでいるのか、自分が困っていることなど話せていなかった。また時によってはプライベートの事などは相手の負担になると思って飲み込んでいた。また事業の進め方についても役割を決めてしまったものの具体的なプログラムまで落とし込んでいなかったので連携関係も曖昧だった。それぞれが孤独で闘っているようだ。

 

2人に質問を投掛けながら、具体的なことを話していったら感情的になっていたのがだんだん落ち着きやがて「そう思っていたのか」という言葉が互いに出るようになった。そんな相手を思う気持ちが出てくると元々ビジョンに対する情熱を共有している二人が氷解するのは早かった。

 

この衝突と葛藤を通じてこの共同経営者達はダイバーシティーマネジメントの本質を学んでくれたものと思う。そして彼らのビジョンが具現化し顧客に必要とされる事業になっていって欲しい。

 

大島

「16th IAF ASIA Conference Tokyo 2013」に参加して

IAF(International Association of Facilitators)とFAJ(日本ファシリテーション協会)共催の「16th IAF ASIA Conference Tokyo 2013」に参加してきました。

参加者は200名を越え、そのうちの3分の1が海外からの参加者でした。
海外参加者はアジアが中心でしたがワークショップではフランスからの参加者もいました。

あるアメリカ人の参加者は現在米国と香港で50:50で活動しているようですが、中国に拠点を作るように動いているそうです。
日本人で海外で活動しているかも多くいますが、改めてグローバル化と言うことではレベルを上げていく必要を感じます。

GALA Dinnerは「日本のおもてなし」をテーマに「手作り感」満載の楽しいまさに「祭り」の場でした。
終盤日本人も外国人も「東京音頭」を踊り、大きな渦の流れになって「場」を楽しんでいました。
この「手作り感」と「おもてなし」に企画運営して下さった方々に感謝です。

大島 岳

三世代家族旅行のマネジメント

夏休みに三世代8名の家族で旅行をするとマネジメントが必要になる。

みんながそれぞれ楽しむようにスケジュールを組み立てても、
最少年齢は4歳だから大人の思ったようには全てが進まない。

どこかに食事に行くにしても大騒ぎだ。
イメージしていた予定時間は1時間程度はすぐ狂ってしまう。

目的は「三世代旅行でないと出来ない体験をする」
そして最低限の大きなルールを作って、
後はそれぞれのペースで動けるようにしたら個々が自律的に動き始めた。

今まで知っているようで、知り得なかった強みを知って、
自然と役割が出来たり面白い。

こんな小さなコミュニティでも「私」ではなく「私達」と考える人が、
リーダーシップを取って行くのにも感心してしまう。

 

大島岳

アフリカの次にくるものは

ゴールデンウィークも刺激的だったが
その後も怒濤の日々を過ごしてきたら
いつのまにか梅雨入りしていた。

そして今日は関西への出張。

新幹線で移動しながら梅雨の合間の青空に気持ちが動く。…もののあはれ
最近の巷(マスコミ?)のテーマは「アフリカ」。

ビジネス誌の表紙は「最後のフロンティア! アフリカ」

ではそれが最後なら次はどんな時代が来るのか。

経済的未開拓地が無くなったら
次はどんなパラダイムの時代が来るのか?

 

大島 岳

自分以外の人に同じモノがどんな見え方がするのか?

先月タイを視察旅行に行き帰ってきて、ミーティングでそれぞれの感想を共有した。そのときに30代半ばのスタッフが「日本の高度成長期ってこんな感じだったんだって思いました。」

そんな感想を述べたのが新鮮だった。彼らの世代はバブルがはじけ、そのまま日本が「空白の時代」と言われた時代だけを過ごした世代だ。

私は、彼らより人生を長く過ごしてきた分、中長期的な経済波動を体験している。良いときもあるけど悪いときもある。それと同じように悪いときもあれば良いときもある。そんな感覚が当たり前だっただけに新鮮だった。

4月に入り街中の至る所で新入社員の姿が目立つ。真っ黒のスーツを着ていても、仲間同士で話している姿は学生と変わらない。彼らは入社した会社や先輩社員にどんな見方をしているのだろうか。デフレの中で閉塞感の中で育った彼らはどのように感じるのか。

弊社でも来週から新しいスタッフが入社していくる。我社の歴も知らず、仕事の内容も知らない彼らがどんなどんな見え方がするのか聴いてみたい。

来週にはポーランドへ初めて行くことになっている。歴史に翻弄されてきた国というイメージが私には強いが、また新鮮な刺激を受けてきたい。

大島岳

とにかく行ってみなけりゃ分かりませんよ

先週、タイに行ってきた。
今回はクライアントの企業のタイの工場視察しグローバルODのヒントを見いだしに行った。

10年ほど前、タイに行ったときとは様子が一変している。300%の関税がかかっているのに真新しい高級車がバンバン走っている。少なくとも一千万円しているはずだ。間違いなくホノルルで走っている車より綺麗で高級車だ。

大きなショッピングモールへ行ったが、青空駐車場なのにカーポートが皆付いているのだ。車を大事にしているのだ。A社長が「こちらは今年よりも来年は必ず収入が上がると信じている。みな無理をしても車を買うんですよ」

今回に案内役を買っていただけたのは京都の中小企業のA社長だ。そのA社長の会社では日本の工場にタイ人をも採用しているが、タイにも工場進出している。
A社長から見ると如何にタイ人がハングリーか、それに比べて日本人が如何に保守的か、そのことに問題意識を強烈に持っていた。

彼の業界では、既にローカル企業でも品質的にも値段的にも日系企業に対して競争力を持った企業が既に台頭している。そのなかで如何に競争力を維持していくか、此に対して徹底的な多品種少量生産しかも長短期納期の生産管理マネジメントがポイントになっていた。これは新しい機械を導入しても、新たな技術を導入しても簡単になしえるものではない。組織全体のバリューチェーンの問題であり、民族としての文化の違いでもある。

視察した中にタイ北部の貧困地帯から集まった若者が学んでいる日本語学校に行った。彼らはそこで半年必死で勉強をして2年間の条件で日本にいき日本の企業で2年間真面目に働く。2年間の収入で学費を返済しその上家2軒分貯金をもってタイへ戻ってくるのだ。そして彼らはタイの日系企業からは引く手もあまたの人材となって帰ってくる。

残念だがblogでは書けないことが多すぎる。
だからこそ溜まってしまって「吠えたくなる!」

 

大島岳